2012年6月7日木曜日

マウルブロン修道院

ドイツ南西部のバーデン・ヴュルテンベルグ州に残るマウルブロン修道院は、中世から残る古いシトー派の修道院である。ヨーロッパに残る中世のシトー派の修道院の中でも、付属する建造物群も含めて、最もよく保存されていることで知られ、1993年にはユネスコの世界遺産に指定された。マウルブロンは、シュバルツバツトの森の北端に位置する小さな村で、カールスルーエとシュツットガルトのほぼ中間に位置する。手元の資料に寄れば、シトー派から初めて選出されたローマ教皇・エウゲニウス3世の後援を受け、1147年に設立されたという。
この修道院が世に知られるようになったのは、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」に登場する神学校の舞台となったためである。ヘッセ自身、後に福音主義の神学校となったこの名門校に入学し、青年期の挫折を味わったと言う。今も世界中のヘッセ・ファンが、美しい緑に囲まれたこの修道院を見学にやってくる。

マウルブロン修道院 平面図
修道院は狭い中庭を囲む回廊と、その裏手に控える食堂、貯蔵室、総会室、玄関などの諸室で構成される。シトー派の修道士たちは、ゴシック様式を西ヨーロッパ各地に伝えたと言われる。実際、マウルブロン修道院の付属教会堂は、1178年にシュパイアー司教のアルノルトによって、ロマネスクからゴシック様式に改築された。回廊も同様に、軽やかなリブ・ヴォールトを架け、開放的な開口部は、中庭と一体となって心地よい。

回廊のリブ・ヴォールト天井
マウルブロン修道院におけるリブ・ヴォールトの天井は、初期ゴシックの構造的意味よりも、装飾的意味が重要であると思う。回廊の東に面するメイン・ホールや付属教会堂では、複雑なリブ・ヴォールト天井をかけ、リブとリブの間のヴォールトに、繊細な装飾を施している。シトー派は、装飾を排除して実用的な建築を好んだと言われるので、これらの部分は宗教改革期以降にプロテスタントの人々によって改築されたのではないかと推測するが、詳しい資料が手元になく、確かめることが出来ない。


付属教会堂内陣付近 天井の交差ヴォールトを見上げる

それにしても、マウルブロン修道院の見所は、やはり美しい回廊と中庭にあると思う。とくに、北回廊に作られた二階建ての噴水は、回廊よりもより一層軽く美しいリブ・ヴォールトを架け、この修道院の目玉となっている。


北回廊の噴水