2011年10月30日日曜日

ヴィトラ

2011/05/01

ヴィトラ
 現代建築や家具に興味がある人にとって、見逃せないのがヴィトラ・ミュージアムです。ヴィトラ・ミュージアムは、スイスのバーゼル市郊外にある小さな町にある家具メーカの博物館です。ドイツ領にあって、バーゼルからはバスで20分ほどの距離です。
 ヴィトラは、もともと1950年代に家族経営の小さな家具職人から始まりました。1980年ごろに工場が火事で焼け、生産中の家具を含め、創業当時から集めていた家具のコレクションをほとんど失いました。これを機に、経営方針の根本的な改革が行われ、環境や持続可能性を考えた経営方針が取られるようになりました。現在、工場はビィトラの郊外の、美しい田園の中に建っています。
 工場は総面積で250,000平米ありますが、建物が慎重に配置され、およそ工場という印象はありません。バス停を降りると、早速現代建築家の作品群が目に飛び込んできます。バス停もジェスター・モリソンという建築家の作品です。金属板とガラス板を組み合わせた、シンプルなバス停です。


ヴィトラバス停 ジェスター・モリソン 2006年

 工場の正面玄関に立つと、2つの建物が目に飛び込んできます。向かって左手が、フランク・ゲイリーのヴィトラ・ミュージアムです。白い外壁と、曲面を駆使した複雑なフォルムが印象的です。フランク・ゲイリーと言えば、ビルバオのグッケンイム美術館で一躍世界の建築家として有名になりましたが、ヴィトラ・ミュージアムは、彼にとってヨーロッパで最初の作品とのことでした。そこには、これから活躍が期待される若い建築家や、ヨーロッパでは無名ながらも優れている建築家を意欲的に招待し、活躍の場として支援したいという、ヴィトラ経営陣の考え方が現れています。
 ヴィトラ・ミュージアムは、正面玄関を除いた開口部を作らず、白い彫刻のような外壁で作られた、きわめて閉鎖的な建物です。ガイドの説明によると、ゲイリーは設計時に周囲の桜の木を全て切り取り、建物がよく見えるようにしたいと、強く希望したとのことです。
 内部へ入ると、小さな展示室をいくつも組み合わされていることが分かります。複雑な平面をした小さな展示室が、床レベルを変えながら次々につながっています。所々で、トップライトのある螺旋階段を通りますが、これは外壁の不思議な曲面と一致しています。このように複雑な空間構成ですが、内壁も外壁と同じように白い色で統一され、一つの統一された建築であることを意図しています。やはりガイドの説明によれば、白くて曲面の多い外壁は、現代建築の父とされるル・コルビジェのロンシャン教会堂の影響を受けたと、設計者自身が語ったそうです。ロンシャン教会堂と言えば、このヴィトラから車で小一時間ほどのフランス領にあって、きっとゲイリーも見学に行ったに違いないでしょう。最先端の現代建築をリードするゲイリーにとっても、ル・コルビジェの存在はヨーロッパの長い歴史と共に、無視できない存在なのです。


ヴィトラ・ミュージアム フランク・ゲイリー設計 1989年

 ヴィトラ・ミュージアムの奥には、安藤忠雄設計の研修所があります。安藤は、ゲイリーと対照的に周囲の桜の木を残し、木の高さよりも低い外壁を設け、地下に建物を設計しました。長いコンコースとしてのコンクリート壁で囲まれた前庭は、まるで修道院のような静けさと緊張感が漂っています。コンクリートを使いながらも、ゲイリーとは全く対照的な建築です。安藤は、日本で用いられる尺貫法を用い、横93センチ縦196センチのグリッドでできた打ちっ放しのコンクリートを使用しています。可能な限り天井や床のグリッドと、壁面のグリッドを一致させるように、建設現場で厳しく指導していたと、これもガイドによる説明がありました。安藤忠雄は、いまでは海外で最も一般に知られる日本人建築家で、若い頃にボクサー志望であったことなど、細かな履歴まで知られていたことに驚きました。


ヴィトラ本社工場の研修所 安藤忠雄設計 1993年

 正面玄関に向かって、右手には、昨年(2010年)2月に開館したばかりの、ヴィトラ・ハウスがあります。ヴィトラ・ハウスは、これまで顧客にしていたルフト・ハンザ航空のような大手の会社だけでなく、個人客にも直接家具を見る機会を持ってもらおうと、新たに建てられた建物です。スイスの建築家、ヘルツォーク・アンド・ド・ムーロンによる設計で、これまで見たことのないような不思議な外観をしています。建物には、家の形の断面をした十二個の長いボックスによって構成されています。断面が家型をしているのは、一般住宅で使用する家具を展示・販売する建物であることを表しています。ボックスの端部は、全面がガラスの開口部で出来ており、外から中の様子がよく見えるようになっています。逆に端部以外は、深い茶色の外壁で覆われ、中の様子は全く分かりません。このような形をしたボックスを向きや高さを変えながら複雑に組み合わせることによって、全体の建物が構成されています。ボックスの隙間や周囲には、半屋外のスペースが設けられ、ベンチで腰掛けたり、カフェがあってお茶を飲んだり出来るように工夫されています。大変人気のあるハウスで、私の訪問中にも、小さな子どもを連れた家族が、自転車や車で次々と訪れ、ピクニック気分で楽しんでいました。

ヴィトラ・ハウス ヘルツォーク・アンド・ド・ムーロン設計 2010年

 他にも工場内には、建築のノーベル賞といわれるプリッカー賞を受賞して、一般にも知られるようになった日本人建築家ユニットSANAA(妹島和世と西沢立衛)や、ポルトガルのアルヴァロ・シザ、当時はヨーロッパでは無名だったイラク出身の気鋭の建築家ザハ・ハディッドなど、多くの有名建築家が設計した建物があります。このように、ヴィトラは一種の建築博物館的な場所となっていますが、残念ながらヴィトラ・ミュージアムとヴィトラ・ハウスを除いて、一般には公開されていません。ただ、希望者にはガイドによるツアーがあり、ザハ・ハディッドの消防施設と、安藤忠雄の集会所は、有料で見学できます。特に、実施作品が少ないハディッドが設計した消防施設は、現在使用されておらず、内部までゆっくりと見学できます。


ヴィトラ消防施設 ザハ・ハディッド設計 1994年