2011年10月30日日曜日

ロンシャンの礼拝堂

2011/06/11

ロンシャン
 建築関係者で、ロンシャンの礼拝堂(Chapelle Notre-Dame du Haut)を知らない人はいないでしょう。ロンシャンの礼拝堂は、近代建築の基礎を築いたル・コルビジェの作品で、いまも世界中から見学者が訪れます。
 ロンシャンは、フランスのアルザス地方の南、オート・ソーヌ県に位置し、フライブルグからは車で1時間半ほどの距離です。フライブルグからバーゼルへ向けて南下し、途中、ローマ時代から続く温泉保養地のバーデンワイラーに近い、ノイエンブルグでライン川を渡り、フランスへ入りました。ミュールーズを抜け、ベルフォートで高速を降りると、しばらく田舎道を走ります。ゆるやかな峠を抜けると、そこはロンシャンの村です。峠からまっすぐ村へ伸びる道の先に、ブーレモンの丘があり、その頂上に真っ白な礼拝堂が見えてきます。

図 1 ロンシャンの礼拝堂、外観

ロンシャンの歴史
 ロンシャンは、人口わずか3000人の小さな村です。炭鉱と林業が主な産業で、目立った観光資源はありません。しかし、その村の背後に立つブーレモンの丘は、古くからキリスト教の巡礼地として知られてきました。1922年には、ネオ・ゴシック様式でチャペルが建てられましたが、第二次大戦中に大きな破壊を受けました。戦後まもなく、ブザンソンの委員会によって、新たな礼拝堂の建設が検討されました。そこでは、戦後の新しい復興を願って、人々に開かれた、新しくて、自由な精神を表現する必要性が議論されました。その結果、建築家として指名されたのがル・コルビジェです。コルビジェはカトリックの熱心な信者で、ドメニコ会の修道士と親交があり、この人物からの助言があったとも言われています。
 1950年12月に委員会に提出された模型には、最初から貝殻のような独特のシェル構造が表現されていました。それは、若い頃からコルビジェが強く主張したいわゆる近代建築の五原則「ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面」とはまったく異なるものです。晩年のコルビジェは、鉄筋コンクリート技術の発達に支えられて、それまでの作品にはなかった新たな表現に達したのです。
図 2 礼拝堂、内観

礼拝堂の設計
 ロンシャンの礼拝堂は、次の三つ要素で構成されています。第一の要素は、厚く白い壁です。礼拝堂を最初に見た人には、まずこの壁が印象に残るのではないでしょうか。特に厚さ3m近くもある南壁は、圧倒的なマッシブさで、建物の存在を主張しています。壁の表面は複雑な曲面を描き、白い吹き付けによる仕上げは、日の当たり方で様々な表情を見せます。白い壁は、建物の外も中も同じ仕上げになっていて、壁による空間の連続性が意図されています。勿論この建物には、一つもまっすぐな壁はありません。
 第二の要素として、壁に開けられた様々な形の開口部があげられます。特に分厚い壁には、大きさの異なる大小の窓が、ランダムに開けられています。窓というよりもちょっとした穴といった方がいいかもしれません。窓の大きさは、外部と内部で巧みに大きさを変えており、その結果、礼拝堂の内部には、複雑な光が入り込んできます。これらの窓には、様々な色のガラスがはめ込まれています。そこには、ゴシック様式の教会堂にあるステンドガラスの伝統があることはもちろんですが、コルビジェはこれをまったく異なる現代的な芸術として表現しました。同様に東側の壁には、非情に小さな窓=穴が開けられ、礼拝堂の席に座ると、壁の間に小さなライトがはめ込まれているような印象を受けます。このように、開口部を工夫することによって、光を巧みに操作しています。他にも、壁と屋根の間には、わずかにスリットが開けられ、その間から採光するようになっています。図面で見るとかなり暗い印象を受けますが、実際には礼拝中にテキストを読める程度の明るさが確保されています。

図 3 南壁と開口部

 第三の要素として、シェル構造の屋根が上げられます。コルビジェがこの建物を設計したとき、彼の製図机には、ロング・アイランドから持ち帰った貝殻があったとも言われています。この独特のシェル構造は、まったくコルビジェの独創的なデザインで、厚くて白い壁と共に建物全体の性格を規定しています。それは、ロマネスク教会堂のような丸いヴォールト天井でもなく、高いゴシックの教会堂の天井でもなく、これまでにないまったく新しい形です。このシェル構造の天井は壁によって支えられていますが、北東の部分だけはどうしても柱で支える必要があったようです。しかし、この柱は白い壁でカヴァーされており、コルビジェが徹底して柱梁構造を排除しようとしていることが分かります。

図 4 礼拝室からみた南壁

様々な工夫と仕掛け
 この基本要素以外にも、こまかな建築的な仕掛けが施されています。ゴシック様式のような伝統的な建物と違い、ほとんど矩形の平面をしたロンシャンのチャペルでは、説教台への視線の集中が少なくなってしまします。そこで、床を西から東へ向かってわずかに傾け、訪問者の視線が自然と説教台へ向かうように工夫されています。また、コルビジェが自ら設計した座席は、北側の出入口の近くには設けず、説教台に近い南側にまとめられています。座席に座れば、東壁を大きくくりぬいた開口部に置かれた聖母マリアの像が、自然と目に入ってきます。
 また、礼拝堂の南西隅には、高い円筒形の壁を利用して、小さなサイド・チャペルも設けられています。説教台には、ほぼ真上から間接光が注ぎ込み、丸い壁に美しい陰影を作り出しています。
近代の建築理論家としてスタートしたコルビジェは、機能性・合理性を重視したモダニズムの表現者でした。彼の「住宅は住むための機械である(machines à habiter)」という主張はあまりにも有名です。しかし、このロンシャンでは、その理論の表現ではなく、むしろ画家としてスタートしたコルビジェの素直な造形表現が反映されています。礼拝堂の光と影による表現は、装飾を徹底して廃した近代建築にあって、最も重要な建築装飾であることが期待されているのではないでしょうか。すなわち、近代建築の理論に、自由な造形とマテリアリズムを持ち込んだ点に重要性があるのではないでしょうか。その意味では、ロンシャンの礼拝堂には、近代建築の理論への反省と工夫が現れていると言ってもいいかもしれません。それにしても、ロンシャンの礼拝堂は、美しいロケーションと共に、深く印象に残る建築でした。


図 5 サイド・チャペル